RIITリポートNo.2
所長 井尻直彦
新型コロナウィルスCOVID-19感染拡大下での輸入の減少
最初の新型コロナウィルス(以下COVID-19)の感染者が発見された中国・湖北省武漢市では1月23日から都市封鎖が実施され,この地における経済活動が大幅に制限されました。この影響がCOVID-19の伝染と伴に拡がっていき,中国の広い範囲で経済活動,特に生産活動の停滞を生じさせたと考えられます。そして,この停滞は日本や世界各国に国際貿易を通じて伝染し,短期的に世界的な経済活動の停滞を招く恐れがあります。これに加え,世界中でCOVID-19の伝染が悪化すれば,供給に続き需要の減少が生じ,さらなる経済活動の停滞を引き起こしかねません。IMFが2020年4月14日に公表した世界経済の成長率予測は,2020年では-3.0%となっており,各国での都市封鎖や移動制限により5兆ドルを超す経済損失になる恐れがあると報告しています。
GVCsによる生産体制のグローバル化
COVID-19の発生源と考えられ,他国より先に多くの市民に感染が拡がり,経済活動が停滞したと推測される中国からの2020年2月の日本の輸入額は,前年同月比で-47%となり大幅に減少しました。これは,金額では約6000億円の減少となり,日本の総輸入減少額8000億円の70%に匹敵します。
これまでに,多くの先進国と途上国は,GVCs(Global value chains:グローバルバリューチェーン)によって相互依存関係を築いてきました。GVCsに明確な定義はありませんが,原材料を段階的に加工し,販売できる製品にするまでの工程を,貿易を活用して複数の国境を越えて生産する,一連の付加価値を生み出していくネットワークを指しています。これが今日の経済活動のグローバリゼーションの中心と言えます。このGVCsに参加することによって,途上国は経済成長を遂げることができ,また先進国は従来よりも効率的な生産体制を作り上げることができています。
ただし,現在のグローバル化したモノづくりはこのようなメリットがある一方で,ある国のつまずきが他国へと伝染しやすいというデメリットがあります。COVID-19のパンデミックは,GVCsによってある国の経済的停滞を他国へと伝染させて行く恐れがあります。国際社会は本質的にこのパンデミックに起因する問題を共有しているからこそ,各国は協調してこの問題の解決に取り組むことが求められます。
中国からの輸入が大幅に減少
驚くことに,中国の減少額だけで日本の2月の総輸入減少額の70%を占めています。このことからも,COVID-19の感染拡大下の中国からの輸入が他国に比べて大幅に減少していることがわかります。また,図1にあるように減少額の大きい上位20カ国には,アジアの11カ国が入っています。同時期の国毎の感染者数のデータでは,上位10カ国中7カ国がアジアの国,それ以外は,イタリア,アメリカ,オーストラリアでした(WHO, 2020年2月)。つまり,相対的に感染者数が多く,かつ日本に近接しており相互にGVCsのネットワークに属していると考えられるアジアの国々から日本の輸入が減少しているのです。
輸入が大幅に減少した財・製品
さて,前年同月比で-47%と急激に減少した中国からの輸入では,財・製品レベルでどのような変化があったのでしょうか。また,これはGVCsの活動とどのように関わっているのでしょうか。まず,感染が拡大していた中国からの輸入の変化を国連が作成したBEC分類を使用して明らかにします(BEC分類に関してこのリンクを参考にしてください)。
図2には,各BEC分類の2020年2月時点の中国からの輸入額の前年同月差を示しています。これによれば,全ての項目において輸入が減少しています。特に,「6:ICT,商業,金融,サービス」が全減少額の約28%を占めており,最大の減少幅となっています。これに次いで,「3:建設,住宅,家電,家具」「4:繊維,衣料,靴,宝飾」が大きく減少しています。全般的に輸入は減少していますが,項目間で見ると輸入減少の度合いに違いがあります。この輸入減少とGVCsとの関連性をより理解し易くするため,以下で「EndUse(利用目的)」「財の加工度や特殊性などの区分」も適用して,中国からの輸入減少を俯瞰してみましょう。
中間財と消費財の輸入が大幅に減少
中間財と消費財の輸入が大幅に減少図3には,EndUse区分による中国からの輸入額を2020年2月の前年同月と比較しています。これによれば,EndUse区分の全ての項目で輸入は減少しています。その中でも,特に最終消費財や中間財の減少額が大きくなっており,最終消費財は約1900億円,中間財は約1800億円減少しています。中国からの総輸入減少額が約6000億円であることから,最終消費財,中間財の減少額はそれぞれ30%程度を占めていることになります。このように中国国内の感染拡大下で,日本の消費者が購入する消費財と,日本の製造業が購入する中間財の輸入が大幅に減少しています。
中間財の輸入減少:GVCsと財の特殊性
BEC分類第5版から中間財に新らたに財の特殊性区分が加えられました。これは,GVCsと関わる中間財の生産工程間の貿易取引を分析できるように考慮されています。図4は,中間財が付加価値を高めながらGVCsの各生産工程を下流へ進んでいく過程を示しています。まず,素材の中間財から汎用的な中間財へ,次に特定の製品のために加工された特殊な中間財へ,生産工程が進むにつれ,より付加価値の高い財に加工されていきます。つまりGVCsは,国際貿易によって異なる国に立地する生産工程をつなぎ,付加価値を高めながら中間財をより下流の生産工程に送ります。そのため,ある国の生産工程に停滞が生じると,それが下流の生産工程に影響を及ぼします。これが他国に立地している場合,ある国の影響がGVCsを通じて他国へと伝染していくことになります。
図5[i]によれば,財の特殊性区分による輸入額推移では,特殊品の減少額が非常に大きく,およそ2200億円の減少となりました。これは,中国からの輸入総減少額のおよそ3分の1を占めています。次に図6は,特殊品の輸入減少額をEndUse区分に分解しています。これによれば,特殊品のなかでも特に中間財の減少額が大きくなっています。このことから,GVCsにおいて比較的下流にある中間財,資本財の特殊品の輸入が中国から大幅に減少していることがわかります。これは中国から輸入した中間財,資本財を利用する国内の生産活動にマイナスの影響を及ぼしたと考えられます[ii]。たとえば,2月の下旬に日本の自動車メーカーの複数の工場が必要な部品を中国から調達できずに生産を停止しました(日本経済新聞2月11日)。
このようにCOVID-19の感染拡大の影響で中国からの中間財輸入が減少し,日本および世界のGVCsにマイナスの影響が拡がり始めているのです。
消費財の輸入の減少:加工度,耐久性
先の中間財とは異なり,消費財[iii]はGVCs内で消費されるのではなく,一般には消費者が購入していると考えられています。この消費財は,さらに加工度,耐久性という2つの属性で区分されており,加工度は,素材と加工品,耐久性は耐久財と非耐久財とされています。表1によれば,中国からの輸入においては,素材[iv]よりも加工品の減少額が大きく,前年同月に比べ半分以下に減少しています。また,非耐久品よりも耐久品の減少額が大きくなっています。つまり,消費財において,加工品の耐久・消費財の減少額が大きく,その中でも特に最終消費財の減少が大きくなっています。
表1 中国からの消費財(加工度,耐久性)輸入額の推移(単位:1000円, 各年2月)
中国からの消費財輸入の減少:自動車と不織布製マスク
自動車は消費財の中でも耐久・消費・資本財と分類されています。表2によれば,中国からの自動車[v]の輸入は前年同月比で約70%減少しています。しかし,これは,日本の世界からの自動車輸入減少総額のわずか0.2%程度であり,ドイツ,イギリス,イタリアなどの主要自動車生産国からの輸入減少額が圧倒的に大きくなっています。中国からの消費財である完成車の輸入減少による消費者への影響はほとんど無いと言えますが,日本国内の自動車工場は,中国からの自動車部品などの特殊な中間財の輸入減少によって生産停止に陥り,大きな影響を受けました。
表2 自動車の輸入額の推移(単位:1000円)
一方,この危機において,消費者に直接影響が大きい消費財の輸入減少がありました。日本の税関によれば,不織布製マスクは,日本独自の HS9桁コード(6桁までは世界共通)で「630790.029」と定義されていますが,このコードには,加工された様々な不織布製品が該当しており,マスク以外の製品も含まれています。そのため全額がマスクの貿易額ではない場合があることに注意が必要です。なお,このHSコードの財(630790)は,先のBEC分類では加工品の耐久消費・中間財に分類されています。
表3 HS9桁コード「630790.029」の輸入額推移(単位;1000円)
表3にあるように,この財の中国からの2月の輸入額は,前年同月比で半減しています。これは,この財の同月の世界全体の輸入減少額の約95%にもなります。このことからも,この財の中国からの輸入減少が日本の国内市場のマスク不足を引き起こし,日本の消費者,事業者に大きな影響を与えたことがわかります。
GVCsの危機を乗り越える
以上の分析から,COVID-19のパンデミックは,感染源である中国の生産活動を急激に滞らせ,2020年2月の中国の輸出を大幅に減少させたと考えられます。日本では中国からの特殊品の中間財と耐久消費財の輸入が大幅に減少しました。中間財の輸入減少は,日本国内の生産活動を停滞させ,かつ,それは輸出にも影響することから,短期的には海外の生産活動を停滞させる恐れがあります。このように,このCOVID-19のパンデミックは,GVCsを通じてグローバルな生産活動に伝染していき,世界経済の大幅な停滞を招く恐れがあるのです。
また,これに加えて,消費財輸入の減少は,日本の消費者が欲しいモノ,必要なモノを購入できない事態を招きます。
日本の自動車の輸入は,中国のみならずドイツ,イギリス,イタリアなどからも減少しています。ただし,このパンデミックにおいて,自動車のような耐久消費財は「不要不急」な消費と考えられ,今現在は大きな混乱を生んでいません。一方で,不織布製マスクは,消費者にとって「必要かつ緊急」な消費です。この不織布製マスクを含む財の,中国からの輸入が大幅に減っていることが,国内市場に大きな影響を及ぼし,混乱は現在も続いています。しかしながら,これが都市封鎖,移動制限により生産活動が停滞したことの結果であるのか,それとも中国の保護貿易主義的な政策により,不織布マスクの輸出を規制したことの結果であるのか,ここでは断定できません。
グローバル化の象徴と言えるGVCsから,中国を含む多くの国々が,平時においては経済的な利益を得ています。この危機においても,このGVCsを出来る限り機能させ,各国の経済的な利益を,ひいては世界経済の利益を守ることが大切です。また,この危機においては,必要される財・製品を国際的な協調のもとに生産し,必要とする消費者や事業者に届けていくことが,迫りくる保護貿易主義から国際社会を守ることになります。そして,リーマンショック後にV字回復を見せた国際貿易,世界経済を,このCOVID-19危機後に再現するためにも,世界を繋ぐこのネットワークの存在は国際社会にとって必要不可欠です。
[i] これらからわかるように,このCOVID-19の伝染以前から,中国から特殊な中間財,資本財,資本・中間財の輸入が多く,中国と日本はGVCsを通じた緊密な貿易パートナーであることがわかります。
[ii] 国内生産が減ればその後海外への輸出も減り,海外の生産活動にもマイナスの影響を与える恐れがあります。例えば,日本が輸入する消費財は日本が生産し輸出した中間財を使用している可能性があります。
[iii] BEC分類のEndUse区分では,消費財を,最終消費財,消費・資本財,消費・中間財の3種類に分けています。最終消費財以外の2つは,資本財,あるいは中間財として企業が消費する可能があり,完全に最終消費財と区分できない財となります。たとえば,消費・資本財には一部の自動車が該当しています。自動車は個人で利用する場合には消費財と考えられますが,個人が事業にも使用する場合には資本財とも考えられます。
[iv] 一方,素材では,全体のなかで減少額は大きくはありませんが,耐久・最終消費財は90%近く減少しています。これに該当する製品は,HSコード711610「天然又は養殖の真珠製のもの」のみとなっており,中国から真珠製品の輸入が急激に減っています。
[V] ここでの自動車は,HS6 桁コードで,873021,870322,870323,870324,870301,870332,870333,870390を含んでいます。これはOECD-BTDIxEにおける自動車の定義を利用しています。
参考文献および情報へのリンク
HSコードについて
https://www.jetro.go.jp/world/qa/04A-010701.html
実行関税率表(2020年4月1日版)
https://www.customs.go.jp/tariff/2020_4/index.htm
不織布マスクに関わる日本のHSコード
https://www.customs.go.jp/tetsuzuki/bunruijirei/bunruijirei6307004.pdf
BEC分類の定義
https://unstats.un.org/unsd/trade/classifications/bec.asp
BEC分類の解説
IMF(2020), World Economic Outlook, April 2020: Chapter 1
https://www.imf.org/en/Publications/WEO/Issues/2020/04/14/weo-april-2020
WHO(2020), Coronavirus disease 2019 (COVID-19) Situation Report – 37
付録
1.貿易統計について
多くの研究では,グローバル化の影響を理解するために世界各国の貿易統計を頻繁に使用します。この貿易統計では,貿易取引される財・製品の貿易額はHSコードと呼ばれる世界共通の財・製品の定義に基づき集計されています。このレポートでは,2017年版のHSコードにより分類された各財と,国連(2018)が各財の経済活動における利用上の特性の違いを考慮して作成したBroad Economic Categories(以下,BEC)という財分類を組み合わせることにより,輸入取引の変化を分析しています。国連が公表しているBEC分類の第5版には,EndUse区分,素材・加工品の区別,そして耐久性等の区別も加えられており,GVCsの生産活動に関わる国際貿易の動向を分析しやすくなりました。EndUse区分は,その財・製品の購入者の使用目的を考慮して,主に資本財,中間財,消費財に分類されています。そもそもBEC分類は,貿易財を大分類の1桁から詳細な分類の6桁まで,6段階で分類されています。最も詳細な分類である6桁では財・製品は480種類に分類されています。これに加えて,一部の財・製品を除き,2段階の加工度(素材,加工品),3つの財特殊性(汎用的,特殊的,汎用・特殊的)でも分類されています。さらに,消費財(消費・資本財,消費・中間財を含む)は耐久性(耐久,非耐久)でも分類されています。このレポートでは,このBEC分類を日本の財務省・貿易統計のHSコードと接続させています。